毎週末の映画鑑賞を趣味としているが、先日、『ロストケア』を観た。松山ケンイチと長澤まさみが主演のこの映画、高齢者の殺人を巡って検事と被告とが対峙するというもの。なかなか考えさせられるものであった。物語は松山ケンイチ演じる介護施設の職員が、自ら勤務する施設の高齢者41名を殺害するというもの。被疑者である主人公は、逮捕されて長澤まさみ演じる検事の取り調べに対し、「殺人ではなく救いだ」と語る。というのも、殺害された高齢者は認知症も進んでいて、その介護が家族に重くのしかかっていたもので、亡くなることによって家族が介護から救われ、自分の人生を取り戻せているという主張である。
実際、その例として前半でとある老人の様子が描かれる。介護スタッフが訪問して体を拭いたりする。本人は話し掛けても返事もせず、されるがまま。食卓には食事後の食器がそのままになっている。そこへ娘がやってきて、食卓を観て一瞬戸惑うも、後片付けを始める。娘には子供がいてその送り迎えもあり、父親とは別れたようで生活のために仕事もしている。すべてワンオペで、介護スタッフはその様子を見て「限界だね」とささやき合う。父親が亡くなった(殺された)あと、ゆとりができたその娘は子供との会話にも笑顔が生まれ、再婚の話も進む。殺人は確かに悪であるが、果たしてそうなのか。娘は確かに「救われている」のである。
人を殺すことが良くないことは当たり前のことで疑う余地もないことである。十戒にも示されている通り、人類共通の価値観である。しかし、この映画では本当にそうかと問い掛けられる。人類共通の価値観とは言え、そこには例外もあって、国家によって行われるもの(戦争、死刑)や法律によって認められるもの(正当防衛、緊急避難)などの例外はある。ここではそれに当てはまらないものである。それはすなわち法的には違法行為であり、だから主人公も逮捕される。最終的な刑は明らかにされないが、極刑でもおかしくはないのだろう。しかし、その動機は確かに「救い」である。
主人公をその行為に走らせたものは、自分自身の経験。父親の介護に携わり、介護離職を余儀なくされ、生活保護も「働けるでしょう」と断られ、困窮の結果、父を殺している。以前、同様に介護で困窮した息子が母親を殺害(心中未遂)したという事件があった。この映画の主人公も同じ境遇である。個人でできる限りのことをして、それでもどうにもならなくなっての行為である。おそらく、殺害された父親も感謝こそすれ恨みはしないだろう。むしろ、可能であったなら自ら命を絶っていたかもしれない。そうした経験があるからこそ、同じ苦しみを味わう他人の姿を黙って見ていられなかったのだろう。
そんな主人公と相対する検事は、主人公の行為を糾弾する。それは当然であるが、検事もまた認知症になりかかっている母親がいて、しかしながら立派な老人施設に預けている。ギリギリまで自分で介護を余儀なくされた主人公と、月に何度かお菓子をもって訪問するだけの検事。その対比が何とも言えない。立派な施設に預けられる人は理想論を唱えられる。しかし、そうでない人にとって理想論は空虚である。生活保護もやたらに認められないのは当然であるが、介護で働けない主人公に「働けるでしょう」と言って申請を却下する担当者の姿にはやりきれないものがある。
仮に主人公の父親が認知症ではなくてしっかりとした意識があり、動けなくなった自分を介護するために息子が困窮していくのを見ていたらどう思うであろうか。それでもし父親が息子のために自ら命を絶とうとしたら、それでも「自殺はいけない」と言えるのだろうか。この映画のように困窮した息子が父親を殺害した行為を罪に問えるのだろうか(現実の事件ではさすがに執行猶予の温情判決が出た)。もちろん、そこに至るまでに何とかしないといけないというのは正論だが、現実にその正論が機能するかは疑わしい。誰もがこの映画の検事のように立派な介護施設を利用できれば問題は何もないわけである。
「救う」という動機が善だとしても、やはりそれを何の権限もない個人が勝手にやっていいという事はないし、何より41人という数字は異常であるし、主人公が罪に問われるのは仕方がない。しかし、そうした要素を除いたとして、この映画の「救い」が本当に糾弾されるべきなのかは難しい。少なくとも長澤まさみ演じる「恵まれた」検事が主人公を糾弾する姿には違和感を禁じ得ない(本人もまたそれを感じているように描かれてはいるが)。実際のケースとスレスレではあるが、映画は時にいろいろな事を考えさせてくれる。いつか自分事になるかもしれず、観終えて重いものが残った映画である。
これから高齢化社会に拍車がかかる。何より自分の番がもうそこまで迫ってきている。寿命が長くなるのは本当にいいことなのか、何となく考えずにはいられない。主人公の姿が自分の息子の未来の姿にならないようにしたいと切に思う。そこに至る前に、寿命が尽きてほしいと思うし、いざとなったら自分で自分の人生に終止符を打つ選択肢も選べるように意識を保っていたいと思う。それと同時に世の中の「進歩」にも期待したいと思うのである・・・
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| 映画『ロストケア』より |
【本日の読書】





















